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へるすけあこらむヘルスケアコラム

現代おにぎり事情

2024.03.04

はじめに

丸、三角、俵、海苔なし、パリパリ海苔、しっとり海苔、具は……。

もう何の話題かお気づきだろう。今回はおにぎりに関する現代事情をテーマに取り上げてみたい。

おにぎり、おむすび、握り飯……、呼び名もさることながら、日本人のおにぎりに対するこだわりは、人それぞれ、地域性と共に多様性を極めている。形状、海苔の有無からはじまり、具に関しては無限の可能性がある。梅一つとってみても、いわゆる梅干しから、カリカリ梅、刻み梅、梅びしお(梅果肉のペースト)などの選択肢があり、ビビンバ風、チャーハン風、オムライス風など新発想のおにぎりも続々登場している。コンビニのおにぎり棚を見ると、日本人のこだわりを象徴する多様なおにぎりが並んでいて、その要望を丁寧にかなえている企業努力に頭が下がる思いになる。

誰かが素手で握ったおにぎり、食べられますか?

まずは基本の塩むすび。炊き立ての熱々の飯に塩を付けて、手のひらを真っ赤にして握る。ハンドパワーという言葉があるように、人の手のひらからは「気=エネルギー」が発せられるという説がある。両手の掌(たなごころ)で飯を包み込んで握る形は、大切なものを愛おしむ姿であり、握るプロセスにより、気≒思いが込められる。握った人の愛情がこもったおにぎりは、ほおばることでそのパワーが食べ手の心身に注入されると、子どものころに教わった。

日本人としてアメリカ野球界で活躍したイチロー氏や松井氏が、試合前におにぎりを持参して食べる習慣があったことは有名だ。米国アカデミー賞を受賞した「千と千尋の神隠し」では、主人公が摩訶不思議な世界に迷い込み、戸惑い動揺する中、おにぎりをほおばった瞬間に緊張から解き放たれ涙するシーンに日本人は大いに共感する。まさにおにぎりが、日本人にとってのパワーフードであることを物語っている。

しかし、今そのおにぎりを食べられない日本人が増殖している事情がある。

正確にいうと、他人が素手で握ったおにぎりを食べられない日本人が増えているということである。栄養士・管理栄養士的には、正解である。炊き立ての摂氏75℃以上の飯を、石鹸でよく洗った素手で握り、表面にしっかり塩をして、抗菌作用のある笹の葉に包み、暑過ぎない気温の中、短時間以内に食べるといった条件が整わない限り、素手で握ったおにぎりは衛生上の問題、つまり黄色ブドウ球菌やセレウス菌による食中毒の発生リスクが高いからだ。被災地やイベント時に、気の良いおばちゃんたちが腕まくりをして、ここぞとばかり素手でおにぎりを握り始める光景は、一見思いやりにあふれるシーンに見えるが、現在、日本栄養士会では、「ちょっと待ったー」の声かけと共に、エンボス手袋(薄いビニール手袋)やラップを使って握る方法を啓蒙している。素手で握った方がおいしい、という意見もあるが、素手の方がおいしいという有意差を示すデータは見当たらない。素手でないと真心がこもらないという人もいるが、ラップで真心が遮られるという科学的根拠はない。どうやら「おにぎりは素手で握らないと……」という信仰は根拠のない迷信に過ぎないようだ。

あなたにとっておにぎりはパワーフードですか?

栄養士・管理栄養士による衛生教育の賜物と捉えてよいか分からないが、最近の日本人は、機械が握るコンビニおにぎりは食べられても、人が握ったおにぎりを気持ち悪がる傾向が顕著になってきている。確かによく知らない人が握ったおにぎりについては、その握られた工程を知る術がなく、どんな「気」が入っているかも分からないとなれば、到底食べる気にならないというのは容易に理解できる。しかし、記憶に刻まれたおにぎりの原風景を忘れることはできない。子どものころ遊び疲れた時のおやつや、友人宅に泊まりに行った際に夜食で、おばあちゃんやおばさんがおにぎりを握ってくれて、そのおいしくて、心までポカポカした記憶。そんなおにぎりにまつわる思い出は、日本人なら誰にでもあってほしいと思う。

握ってくれる人の素性が明らかで、素手では握らず、短時間内に食べる、という3点セットを備えることで、人の手で握られるパワーフードとしてのおにぎりが次世代に継承されることを願いたい。

一方、コンビニのおにぎりが食べられないという若者も一部で増殖中とのこと。日本の子どもの貧困率は世界第9位。実に7人に1人が貧困という事実がある。貧困によりネグレクトされている子どもの中には、コンビニのおにぎりばかりが毎日毎日テーブルに置かれた環境で育つケースがあるという。その子にとって、おにぎりは、冷たく、寂しく、やるせない気持ちの象徴であり、大人になり、コンビニのおにぎりを見るとネガティブな記憶がよみがえり、吐き気を催してしまうという。おにぎりがパワーフードになりえない事情があるということに、切ない気持ちになる。

おわりに

さて、今やおにぎりは海外の若者からも注目されているという。彼らに人気の日本の漫画、アニメの劇中で、主人公がおにぎりを食べるシーンに関心が寄せられているのだ。推しのキャラクターがうまそうにほおばる不思議な見た目の食べもの、おにぎりを食べてみたくて、日本を旅先に選ぶ人もいるらしい。そういう海外の若者たちには、コンビニのおにぎりではなく、ぜひマンパワーで握られたおにぎりを食べてもらいたいと思う。もちろん、握ってくれる人の顔が見えて、素手では握らず、短時間内に食べる、という3点セットの条件を付けて。

 

●プロフィール
内野 美恵
博士(学術)、管理栄養士
東京家政大学ヒューマンライフ支援センター教授
農林水産省みんなの食育ネットワーク幹事
東京都食育推進協議会委員
日本パラリンピック委員会医科学情報サポートスタッフ
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