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へるすけあこらむヘルスケアコラム

水質汚濁 ~生命の源である水を汚すことの恐怖を繰り返す人類~

2024.03.14

はじめに

私たち人間を含む地球上の全ての生命体は細胞を最小単位としており、この細胞の構成成分の60~80%が“水”です。「水の星」と称される地球は、表面の約70%を海洋が占めており、地球の約97.5%の水が海水です。残る2.5%の淡水のほとんどは南極氷河、凍土や地下水で、私たちが身近に使える河川や湖沼などの水は、地球全体の0.01~0.02%しかありません。このわずかな淡水を、全ての動植物で循環させながら利用しているのです。そのため、水を汚すことは人間だけでなく全ての生物の健康を損ない、命を脅かすこととなるのです。人類はこれまでに多くの水質汚濁を経験し、日本でも現在進行形で水質汚濁が引き起こされています。改めて水の大切さ、水質汚濁の恐さについて考えてみましょう。

 

 

水質汚濁と公害

人間活動によって広範囲に生じる環境保全上のさまざまな支障を、公害と呼んでいます。その中でも、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭をいわゆる公害として典型7公害と呼びます。水質汚濁もその一つですが、化学・物理・生物的汚染源は同じ大気や土壌が「汚染」であるのに対し、水質だけは「汚濁」となります。これは、文字通り水が濁りを生じる場合があるためで、こうした性質以外の水の状態や、水底の底質も含めた汚れ具合を示していることから、「水質汚濁」としています。水質は自然環境か人工建造物かは問いませんが、いずれにおいても水質汚濁と呼び、むしろ自然環境においては「水環境汚染」と呼ぶことがあります。また、工場などから公共用水域へ排出される排出水や地下に浸透する地下水などでは、水の状態や底質は加味されておらず、水質汚濁防止法でも「水の汚染状態」と示されていることから、一般的には混同して使われているようです。ちなみに、地下に浸透する水は「地下水汚染」と呼び、水質汚濁防止法で未然防止が図られています。

 

対策としての法律や基準

家庭や事業所内ではなく、公共に利用する水域あるいは水路を、公共用水域と呼びます。河川、湖沼、沿岸や農業用の灌漑(かんがい)用水路などが身近な例です。この公共用水域において、水質汚濁を防止するための法律として、公共用水域の水質の保全に関する法律(水質保全法)および工場排水等の規制に関する法律(工場排水規制法)の2つを前身として制定された「水質汚濁防止法」があります。しかし、この法律は全ての排出水に摘要されるわけではなく、一日平均の排出水量が50 m3以上といった規制対象を定め、対象となった特定施設にのみ適用されるため、該当しない工場などに対しては自治体条例などで補完が試みられています。また、家庭からの排水のように、終末処理場へとつながる下水道に対しては、水質汚濁防止法ではなく下水道法が適用されます。複雑なようですが、汚染物質、排出量や排出方法によって法律を細分化することで、水環境の保全を図っているのです。

水環境に関わる法律はこれだけではありません。身近で何かしらの環境汚染が起こると、「基準の〇倍」という報道を耳にすることがありますが、この基準は環境基本法で定める行政上の政策目標として示されている環境基準です。基準値は、慢性・急性・亜急性毒性を評価する試験を複数行い、動物実験で毒性が確認できなかった上限(無毒性量・無作用量)に安全係数(通常は1/100)を掛けて算出する方法、あるいは濃度依存的直線から線形外挿によって推定する方法などによって決められています。環境基準は、維持されることが望ましい水準値であるため、時として一過性に上昇する場合もあり得ます。

 

新たな水質汚濁

日本では経済成長期に多くの公害を経験しており、中でも水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくの被害は甚大で、四大公害と呼ばれています。大気汚染である四日市ぜんそくを除くと、いずれも水質汚濁を原因とした公害で、水俣病および新潟水俣病はメチル水銀、イタイイタイ病はカドミウムの河川流出が原因となっています。河川水そのものの飲用利用だけでなく、河川に生息する魚介類で生物濃縮され、それらを食べたヒトや動物で甚大な健康被害や遺伝毒性が確認されました。事件発生から半世紀以上が過ぎていますが、今なお苦しまれている被害者の方々がいらっしゃいます。

過去の公害問題を経験し、当時のような排出水による水質汚濁は少なくなりましたが、新たな形の水環境問題を耳にするようになりました。大阪府では1999年に、東京都では2016年に、いずれも土壌汚染に起因する地下水汚染が大々的に報じられたことを覚えていらっしゃる方もいらっしゃることでしょう。元々コンビナートや工場だった場所に、テーマパークや市場を設置したことで、土壌中に染み込んだ重金属やVOC(揮発性有機化合物)が地下水とともに浸潤したことで問題となり、対策が講じられました。また、最近ではPFAS(有機フッ素化合物)による水質汚濁がセンセーショナルに報じられる機会が増えています。

 

PFAS(有機フッ素化合物)による水質汚濁

PFASとは4730種を超える有機フッ素化合物の総称で、工業利用や半導体表面処理などに使われてきました。また、PFASのうち「PFOS」と「PFOA」は、水や油をはじき、熱に対し安定的な特性があることから、スキーやスノーボードのワックス、炊飯器やフライパンのフッ素加工、衣類や靴の撥水剤、消化器に含まれる泡状消火剤、食品の包装用紙など、私たちの身近で幅広く利用されてきました。しかし、PFASは自然界で極めて分解し難く、水環境に蓄積することがわかり、人への毒性も懸念される(PFOSやPFOAはヒトに対する発がん性が疑われる物質)ことから、国際条約で廃絶や使用制限がなされ、日本でも2021年までに法令で製造と輸入を原則禁止としています。厚生労働省は2020年に、水環境の暫定指針値をPFOSとPFOAの合計で50 ng/L以下と定めました。しかし、いくら基準値を厳しく定めても、最近まで工業利用しており、しかも難分解性で水環境に蓄積しているため、河川水や井戸水を調べると基準値を上回る値で検出されることがあるのが現状です。2021年度に実施した河川や地下水の調査では、31都道府県のうち13都府県81地点で暫定的な目標値を上回る高い濃度が検出されており、地方自治体では井戸の所有者に検査を推奨したり、利用についての指導や助言をしたりしています。

 

おわりに

私たちの身体を構成する成分の中でも、最も多い水ですが、生物が利用できる地球上の水は限られています。科学の発達によって、便利で快適な生活が送れるようになってきた人類ですが、一方ではこの水を意図せず汚すことも多々あり、それは今なお続いています。汚してしまった水は、その原因を取り除く処理をするか、膨大な汚れの少ない水で希釈するくらいしか、対処のしようがありません。その汚染物質が自然環境で容易に分解されない物質だとしたら、私たちは問題を子孫に押し付けることになるのです。法律や対策も重要ですが、まずは水を汚さぬよう、「便利で快適な生活」の在り方から考えるべきなのかもしれません。

 

●プロフィール

内藤博敬

静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 教授

日本医療・環境オゾン学会 副会長

日本機能水学会 理事

専門は衛生学、病原微生物学、免疫学、生化学。

ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

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