へるすけあこらむヘルスケアコラム
【感染症】細菌とウイルスの違いは、生物と非生物
2022.06.02はじめに
SARS-CoV-2が出現してから2年以上の時が過ぎました。2年前と比べて感染症についての正しい知識が、多くの方に身に付いているでしょうか。『感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)』の本則・第一章総則・第四条(国民の責務)に、“国民は、感染症に関する正しい知識を持ち、その予防に必要な注意を払うよう努めるとともに、感染症の患者等の人権が損なわれることがないようにしなければならない”との一文があります。そう、日本国民は感染症に対する“正しい”知識を持つことが法律で決められているのです。しかしながら、日本の義務教育で教わる内容は限られており、ちまたに溢れる感染症情報を精査して予防対策に努めることは、極めて困難な状況だということが、この2年で明確に示されました。少しでも正確な情報を取り入れて伝えるために、今回は感染症の原因となる微生物についてご紹介します。
感染症の原因は微生物
私たちを苦しめる病気の多くに感染症があり、その原因は微生物です。微生物は、文字通り小さな生物を意味しており、肉眼で確認することのできない生物の総称です。生物は細胞を最小単位とした有機体のことで、細胞は代謝、増殖、交配などの生命活動を営みます。微生物の多くは単細胞生物ですが、感染症の病原体には多細胞生物や細胞構造を持たない病原体も存在しており、微生物学や感染症学ではこれら全てを網羅します。
細胞構造を持つ微生物たち
生物はその設計図ともいえる遺伝子を持っていて、人間であれば膨大な量の遺伝情報を23対46本の染色体として、細胞内の核と呼ばれる器官に収納しています。動物や植物の多くも同様に核を持っており、これらの生物を真核生物と呼びます。単細胞の真核生物としてすぐに思い付くのは、ミドリムシやゾウリムシなどではないでしょうか。これらは原生動物とも呼ばれますが、微生物の一つです。この原生動物の仲間で病原体となり得るものを原虫と呼んでいます。原虫は単細胞の寄生虫であり、多細胞の寄生虫を蠕虫と呼びます。また、単細胞の真核生物には、いわゆるカビや、発酵食品に利用される酵母、さらにはキノコ類に至るまで含まれ、これらは原虫とは別に真菌と呼ばれます。原虫や真菌の細胞は、構造や大きさが私たちの細胞に近いため、細胞内に侵入するような感染は起こりにくく、感染症の原因となる原虫や病原真菌の数は、病原細菌やウイルスと比べて少ないです。
真核生物に対して、核を持たない細胞で構成される生物を原核生物と呼びます。原核生物の多くは遺伝子を1本程度しか持たないため、核のような構造は必要がなく、保有する器官も限定されているので、真核細胞の直径に対して5分の1~10分の1ほどの大きさしかありません。この原核生物の代表が、細菌(バクテリア)です。乳酸菌や大腸菌などの名前を耳にすることがあると思いますが、これらは細菌の仲間です。細菌も細胞構造を持っているので、基本的に自分で代謝や分裂をしますが、中には細胞構成要素が不十分なタイプや、一部の働きを他の生物の細胞に依存するタイプもいて、細菌とは別にマイコプラズマ、リケッチア、クラミジアなどに分類されています。
細胞構造を持たないウイルスは生物ではない
私たちがよく耳にする感染症の多くは、細菌あるいはウイルスを原因としています。私たちが感染症を経験する時、呼吸器や消化器などの感染部位の熱や痛みといった症状で考えることがほとんどで、病原体が細菌かウイルスかはあまり意識しません。しかし、細菌とウイルスは全くの別物です。前述したように細菌は原核細胞からなる生物で、栄養を取り込んでエネルギー代謝をし、細胞分裂して子孫を増やします。この生命活動の中で、私たちの身体をすみかとしたり、代謝の副産物や毒を作ったりして、私たちを病気にします。一方のウイルスは、遺伝子とそれを保護するタンパク質から成る粒子で、大きさは細菌の直径に対して数十分の1程度、自身で栄養を取り込むことや、分裂する能力は持ちません。ウイルスは生物の細胞に感染し、その細胞の機能を利用して仲間を複製させることで仲間を増やします。この際に、感染した細胞が変形したり破壊されたりして、感染された宿主は病気になります。ウイルスの構成要素は生物的ですが、ウイルスは生物には含まれず、「偏性細胞内寄生体」と呼ばれる病原体です。ウイルス以外にも、プリオンやウイロイドなど、細胞構造を持たない病原体がいくつか確認されています。
生物である細菌は、熱や紫外線などで生命活動を止めることができます。ウイルスも熱や紫外線で不活化処理できますが、前述のように通常は宿主の細胞に寄生しているため、これらで処理すると宿主の細胞もダメージを受けることになります。また、細菌感染症の治療法として抗生物質がありますが、この多くは真菌が細菌に感染されないように作る2次代謝物で、抗菌剤(抗細菌剤)と呼ばれ、細菌にしか効果を示しません。このことから、「抗生物質はウイルスには効かない」と記している書物もありますが、現在ではウイルス、真菌、腫瘍に効果を示す抗生物質(抗ウイルス剤、抗真菌剤、抗腫瘍剤)も開発されているので、こうした記載は古い情報だと思ってください。
細菌には善玉も悪玉も存在しない
有史以来、私たちは微生物と闘い、一方で発酵食品や常在微生物として共存共栄してきました。一般的に、前者をバイキンあるいは悪玉菌、後者を善玉菌と呼ぶことがありますが、細菌や真菌を種類によって善と悪に分けることはできません。例えば乳酸菌。日本ではぬか漬け、韓国ではキムチ、欧州ではヨーグルトやチーズといった発酵食品に欠かせないだけでなく、私たちの身体を守る常在細菌として乳酸菌は働いてくれています。しかし、同じ発酵食品である日本酒の製造工程で、ある種の乳酸菌が混入してしまうと風味が悪くなるため、「火落ち菌」として忌み嫌われます。また、健康であれば全く害の無い乳酸菌であっても、免疫が極端に低下した場合には、ごくまれに乳酸菌血症と呼ばれる疾患の原因になることがあります。そう、どんな細菌であっても、状況によって善にも悪にもなるのです。
ウイルスはこれまで感染症の病原体としてしか見つかっておらず、私たちの進化に関係しているのではないかとの推論もありますが、その存在意義は明らかになっていません。生物である細菌とは違って、感染可能な細胞を見つけて育てなければウイルスを増やすことができないため、私たちが利用できるウイルスはワクチン開発や遺伝子組換え等の専門分野に限られています。善にも悪にもなる細菌と、病原体として発見されるウイルスとは、全く違う微生物なのです。
■ウイルスと細菌の違い
●プロフィール
内藤博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 准教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事
専門は衛生学、病原微生物学、免疫学、生化学。
ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。