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へるすけあこらむヘルスケアコラム

新興・再興感染症 ~新たな感染症が生まれ、抑制した感染症が再燃するのはなぜか~

2023.11.01

はじめに

COVID-19の原因はコロナウイルスですが、2002年にはSARS(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス)、2012年にはMERS(中東呼吸器症候群コロナウイルス)と、これまで人間が経験したことのないコロナウイルス感染症が次々と引き起こされています。また、2009年には、新型インフルエンザウイルスによるパンデミックも起こりました。科学の進歩した現代社会において、なぜ新たな感染症が生まれてくるのでしょうか。抗生物質の発見やワクチンの開発によって、感染症を制御することが可能になったものと、私たちは錯覚していたのかもしれません。今回は、1970年以降に見つかった新たな感染症(新興感染症)と、公衆衛生上問題とならない程度にまで患者数が減少した既知の感染症が再燃する再興感染症について考えてみましょう。

 

新興感染症と再興感染症

新たな病原体が出現すると、予防や治療の方法も未知であるため、それまでの対応では抑え込むことが難しく、医療機関はもとより社会全体に大きな影響をもたらすことは、COVD-19パンデミックで経験されてきたことと思います。新興感染症は、1970年以降に新しく認識された感染症を、それ以前に知られていた感染症と分けて対応するために、国際保健機構(WHO)が1990年に提唱しました。1995年には、米国疾病管理予防センター(CDC)がEmerging Infectious Diseases誌を刊行し、創刊号の巻頭論文の中で新興感染症の一覧表が示されました。当時は1973年(ロタウイルス)から1994年(サビアウイルス)までの22種の記載でしたが、現在では2020年(SARS-CoV-2)を含めて、31種が新興感染症に挙げられています。

新興感染症だけが私たちの脅威となる感染症ではありません。私たちが封じ込めに成功した感染症は天然痘だけであり、1970年以前から知られている感染症は抑制されつつも消滅することはなく、再燃して公衆衛生上問題となる流行を引き起こしたり、あるいは将来的に流行したりする可能性が危惧されています。これらを再興感染症と呼び、ペスト、コレラ、結核、ジフテリア、マラリア、麻しん、風疹などが挙げられています。

 

新興感染症が次々と発生するのはなぜか

感染症の原因となる微生物は、人類より先に地球上に生存しており、人類は誕生した時から感染症と闘い続けています。その歴史は人類の発展とも深く関係しており、例えば農業革命によって集団生活を始めたことで、感染症の流行を経験しました。この農業革命では農作物を貯蔵することを始め、これを狙う野生動物との距離が近くなり、これまでさらされることのなかった病原体に襲われるようになりました。ネズミに寄生するネズミノミが媒介するペストはその代表例です。産業革命以降は、さまざまな科学技術を発展させ、また医療技術も発展させてきた人類ですが、例えばコンタクトレンズが発明されたことにより、それまでは害の無い微生物だったアカントアメーバがアメーバ性角膜炎を引き起こすようになるなど、私たちは文明によって新たな感染症をも生み出してきたのです。

日本の人口は減少していますが、世界的には今後も人口が増加していきます。地球上で私たちが生活できる陸地は限られていますし、資源や食料も人口が増えた分だけ必要になり、未開の地を開拓することでしょう。そうなると、これまで触れたことのない動植物との接触機会が増え、未知の微生物とも接触することになり、その中には私たちに感染可能な新たな病原体がいるかもしれません。また、人間の産業活動による環境汚染や、温暖化に代表される環境変化によっても、蚊などの病原体媒介生物の北限が上昇するなどして、私たちが新たな病原体にさらされる機会が増え、結果として新興感染症が増えるのです。

 

 表:主な新興感染症

再興感染症はなぜ起こるのか

農業革命によって経験したペストですが、ネズミの駆除など衛生向上によって抑え込んできました。しかし近年、都市部の地下通路やゴミ捨て場でネズミの目撃例が増えているように思いますし、外来種のげっ歯類による農作物被害も耳にするようになりました。例え話ですが、もしも海外貨物あるいは密輸動物とともにペスト菌を保有するネズミノミが入ってきたとしたら、国内でペストの流行が起こることは想像にたやすいでしょう。ペストではありませんが、日本では輸入感染症としてしか耳にしないコレラは、1990年代に東南アジアから南米へと広がり、現在は第7次世界流行の真っ只中にあります。前述した地球規模での環境変化だけでなく、身近な生活環境の変化によっても新たな感染症が生まれたり、これまでに抑制したと思っていた感染症が再燃したり、あるいは他地域で流行することもあるのです。

私たちが感染症を抑制したと思うのは、抗生物質などの薬剤開発や医療の発展によるものです。しかし、近年では抗生物質に対する耐性菌に代表される、薬剤抵抗性の病原体が出現しています。私たちにとっては厄介な病原体ですが、原因である微生物たちは必死で存在し続けようと、彼らにとって劣悪となった環境に順応すべく変化しているのです。

 

感染症の再興をワクチンで抑える

前述のネズミ駆除以外の衛生向上の一つに、感染症に対するワクチンの集団接種があります。集団でワクチンを接種すると、病原体が入ってきても感染、重症化して他人へうつすヒトが減少するので、徐々に清浄化されていきます。この効果は、集団の7~8割が予防接種すると効果的だとされており、清浄化されたと思って接種割合が低下すると再燃することがあります。ロシアはソビエトの時代に、ジフテリアの予防接種が不十分で集団感染を引き起こした記録が残っています。日本では2008年に麻疹の流行を経験していますが、長年の集団予防接種で清浄化されていたため、ワクチン接種後に麻疹ウイルスに感染しないヒトが増えて中学生ぐらいで免疫の記憶が低下し、そこに外国の流行地からウイルスが入ってきたことで流行したと考えられています。当時は、中高生を対象にワクチンの追加接種を行って流行を抑えています。

 

 

おわりに

COVID-19パンデミックで、かなり神経質な対応を余儀なくされた経験から、新たな感染症の発生は誰もが避けたいと思っています。今回は新興・再興感染症をテーマとしたことから、感染症の怖さが強く伝わってしまったかもしれませんが、あくまでも可能性の話ですので、発生するということではありません。文明、開発・開拓と感染症は表裏一体、バランス感覚が大切です。

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